氷菓子の溶けないうちに

七瀬と媒人さんがアイス食べているだけの話。
七瀬→媒人さんってわりに悪感情ってないし、かといってスーパー塩かっていえばそうでもないよなって思って書きました。

性別不詳の媒人さんがしゃべりますのでご注意を。

ところで私これ書いた後に栄都七瀬クリアしたんですよね。しんどい……


 ひんやりとした空気を纏った甘い匂いに七瀬は目を瞬かせた。自分より少しだけ背の高い新人が両手に持っていたのは、雪のように真っ白な色の氷菓子。アイスクリーム、というヤツだった。
 七瀬に気がついたらしい当人は少しだけ首をかしげると、それからゆっくりとした動作で七瀬のもとへ向かった。
「食べる?」
「えっ?」
「もらったんだ。そこの駄菓子屋で、くじを引いたら当たった」
 そうなんですね、と頷いた。媒人と呼ばれるその人はわかりにくい笑みを浮かべると、栄都と七瀬が良く来るといっていた、と口にした。
「食べる?」
 二回目の問いかけに、七瀬はちょっとだけ考えて、それから手を伸ばした。
「せっかくだから、いただきます」
 うん、と頷いた媒人の顔は、やはりとんでもなくわかりにくいものの、確かに笑っているように見えた。
 媒人自身はふらっと遊びに来ていただけらしい。七瀬も似たような口で、本当なら栄都と痛かったのだが、栄都は朔と三宙とすっかり盛り上がっていて、どうにも割って入ることが出来なかった。それで、半分ふてくされて燈京駅裏まで散策に来たというわけである。
 それを口にすることもせずに、ひやりとした氷菓子を口に含んだ。酷く甘ったるいクリームの味が口腔内で解けて残る。あまい、と口の中で転がして、七瀬は媒人を見上げた。
 普通の人間。身体能力も高くないし、元素術だってつかえない。口数は少ないけれど、無口すぎるという訳でもない。背は高くもなければ低くもないし、髪色もよく見るような色合いで、顔立ちだって平凡だ。
 ただ一つ、結合術がつかえるということ以外は普通の人間。それが防衛本部所属の志献官が抱く媒人に対する評価だった。
 七瀬はというと、不思議な変な人、という評価を下していた。
「……」
「……」
 並んで歩いているくせに、別に気まずいわけではない。他の誰かといるときのような居心地の悪さも、あまりなかった。
 変な人。七瀬と話したいという割に、媒人は積極的に七瀬自身の話を深掘りしてこようとはしてこない。かといって自分の話ばかりかと言えばそういうわけでもない。記憶が無いのだから当然と言えば当然なのかもしれなかった。
「あの、どうしてぼくだったんですか?」
 はて、と媒人が首をかしげた。
「そこにいたから」
「そうですか」
「あと、朔によく甘味を買ってもらっていると思って」
「……見ていたんですか?」
「買い出しで通りかかったときに。他意は無いよ。本当に」
「そうですか」
 氷菓子を食む。甘いな、と解けないうちに食べてしまおうと解けそうな部分から舌で掬う。
 意外と周りを見てるんだ。でも、当たり前なのかも。だってそういう役割でここにいるんだから。
 七瀬が窒素の志献官という役割を持っているからここにいるように、この人も記憶喪失で身元不明の不審者でありながらここにいることができるのも、触媒の志献官であるからだ。
 そういう意味では、七瀬と媒人はある意味で似通っていると形容できた。
「うわ」
 やっぱなし。全然似てない。
 垂れたアイスクリームで制服を汚しかけてわたわたしているその人を見て、七瀬は小さくため息をついた。
 どうにももたもたしているなあ。変なところでどんくさいというか。
「氷菓子、溶ける前に食べるのが苦手で」
「そうなんですか?早く食べ過ぎて、頭が痛くなるとかではなくて?」
「栄都は確かにやりそう」
「はい。栄都兄さまはいつも早く食べ過ぎて、頭痛い、って言ってます」
 そっか、と媒人はハンカチを当てて氷菓子を食べている。なんだか可哀想に見えて、ちょっと貸してください、と媒人の手元を自分のそばまで持ってこさせた。
 キン、と聞き慣れた音を聞く。七瀬の対応する元素は窒素だ。反応性が低く、人体に対して基本は安全。ついでに、自身の元素術で生み出したものであれば、元素力さえ絶やさなければ自分に対しても無害だ。
「かたまった!」
「あまりにかわいそうだったので」
 どうぞ、と手を離す。液体窒素まで温度を低くする必要も無いから、雑に分子の運動状態を下げた窒素でも氷菓子は十分に冷えた。
 すごいね、と媒人が口にした。そういえば、この人がわかりやすくはしゃいだ姿ってみたことがないかも知れない。栄都は、よくそういう姿を見せてくれるけれど。
「別に。大したことじゃないです」
「そっか。七瀬はすごいね」
 つめた、と声が聞こえた。その賞賛がなんとなくくすぐったくて、七瀬は視線を前に戻す。
 悪くない。嫌いじゃない。
 それぐらいでいいのだ、という安堵が胃の底へ落ちた。