塵に還る道

錆化進んだから実家でペンを取ってる仁武さんに会いに来た玖苑さんの話。
あんまり意味は無いです。こんなこともあったのかな、という妄想。

「別にキミじゃなくたっていいと思うけど」
「まったく、つまらない男だね、仁武」
「……はいはい、悪かったな」


 勢いよく空けられた障子に目もくれない男に、玖苑は知らず笑みをこぼしていた。
 世界は救われた。志献官たちはそれぞれの道を選び、あるいは帰るべき場所へと帰っていった。
 玖苑は帰る場所は既に無くしてしまっていたから、母の墓所を母が望むだろう場所へ移し、諸々の手続きを終えたあとは各地を放浪する生活を送っていた。
 なにせ世界滅亡の危機が回避されたとはいえ、純壱位の志献官だ。それも防衛本部で最高の。自称していたが、事実でもある。
 そんな玖苑を招きたいという復興途中の都市はいくらでもあった。ヒーローとはそこにあるだけで勇気を与えるものなのだ。
 そのヒーローは、現在「ボクはいつだって自由だからね!」などと言って里帰り宜しく燈京へと戻っていた。
 目の前には一心不乱にペンを持つ男がいる。かつての姿からは幾分か痩せて、小さくなったようにも見えるが、その背中は変わらずに大きい。
「やっ、仁武。元気にしてたかい?」
「ーー玖苑?来るなら来ると言ってくれれば、俺も出迎えできたんだが」
「ふふっ、ボクとキミの仲でそんなものは要らないだろう?ところで、さっきから何を書いているのかな。ボクが来たというのに気が付かないなんて、余程集中していたと見える」
 仁武は手元の紙に目を落とすと、はあ、とため息混じりに苦笑した。ただの手紙だ、と見え透いた嘘を吐く。
「なるほど、それでは拝見……って、取らないでくれよ」
「読ませるとは一言も言ってないだろうが。それよりも酒はいいのか」
「仁武の方から誘ってくれるなんて、明日は雪でも降るのかな!もちろん酒も持ってきたよ!これは後で飲もう!」
「途端にテンション上がるじゃないか……」
 苦笑混じりの声が酷く懐かしい。
 玖苑は花の咲くような笑顔を浮かべると、楽しい時には笑うものだろう、と微妙に答えになっていない答えを返した。

 仁武の先は長くない。それは防衛本部では周知の事実であったし、当然、志献官たちだって承知していた。
 それでもその日がやってくるのは早いものだなと玖苑は宙に舞う煙を見て息を吐いた。
 寒い寒い、冬の日の事だった。
 仁武は最期までペンを取り、そして眠るように鉄に還ったという。兄ちゃんはどこ、という子供の声と、すすり泣く女性の声に目を伏せた。
 不器用なやつ。
 玖苑はポケットにねじ込んだ手紙を開いて、元素術を持って手紙を劣化させていく。そうすれば、志献官だった仁武の元にも届いてくれると思った。
 旧世界には、かつて体が動かなくなっても手紙を書き続けることで戦い続けた軍人がいたそうだ。仁武はまさにそれだね、といつの日か茶化したことを覚えている。
「最期まで休まないなんて、どうかしているよ、仁武」
 そんな苦言だって、今も昔も届かないのだろう。